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「ウシ!ウシ!」
房一はその時診察用の椅子に腰を下して、ゆつくりと煙草をふかしながら、何気ない風で男の様子に目をつけていた。彼は男の要求する意味を悟つた。たゞ治療をしろ、他のことは見て見ぬ振りをしてくれ、まして他言は無用だ、といふ意味だつた。
「あなたの追鮎は元気らしいなあ」
「いや、どうも。――この男は私のごく懇意な者ですが、酒癖がわるいので、まあ今夜のところは大目に見てやつて下さい」
胡坐をかいた道平は今膝小僧までまる出しにしていた。それも日に焦げている。
黒い影はぴよこりとお辞儀をした。それから台所から射す光りの中に全身を現すと、それを眩しがつているとも照れたとも見える表情を浮べながら近づいた。
房一は苦笑した。
「へえ。ちよつとばかし――」
「つい今日まで挨拶にも行かずじまひになつてね、どうも済まなかつた」
房一は目顔で笑ひながら何度もうなづいた。やつと安心したやうに、徳次はしばらく見送つていた後で、大股に自分の船の所へもどつて行つた。
今頃になつて、男はさう訊き、盛子がそれに答へる前に、ひとりでうなづいていた。
「さあて、帰るかな」
感心したやうに呟くと、房一はくるりと向ふむきになつて歩き出した。