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今頃になつて、男はさう訊き、盛子がそれに答へる前に、ひとりでうなづいていた。
「相沢さんも見えないな」
「坑には入つてみたんかね。あすこはもう何年も入つた人がないちふことだが」
房一はさつきから自然と聞いてはいたが、事は初耳だつた。
それがふしぎに思はれた。
徳次は身体中からこみ上げて来る悦よろこばしさのためにさうなつたかの如く、思ひ切り伸び上るやうにして答へた。だが、それも向ふにはよく聞きとれなかつたらしい。房一は川向ふで手をふつた。下手の方を指さした。徳次には判らなかつた。房一は又自転車にのつた。
「おーい、火事はどこい行つたあ」こんな風に、口々に喚いていた。
「君に云つとくが、何んだぜ、小倉組の者なんかにかゝり合ひをつけちやいかんぜ」
「いためた?」
「何をするかつ」
さう云ひたげに、練吉は近眼鏡の奥で切れの長い目をぱちぱちさせ、ちよつとあたりを見まはした。一種気楽げな表情がたちまちその顔に浮かんだ。
「あゝ、さうか。ふうん」
「なるほどね」